ックの幕を押しわけて家のうちに飛びこんだ杜は、その場にハッと立ち竦《すく》んだ。そこに海軍毛布を被って寝ていると思ったお千の姿が見えないのであった。寝床はそこに敷《しき》っ放《ぱな》しになっていたが、藻《も》ぬけの殻《から》だった。しかし毛布は、人間の身体が入っていたことを証明するかのように、トンネル形にふくれていた。枕は土間にとんでいた。
「お千、オイお千、――」
 杜は女の名を呼びながら、厠《かわや》を明けてみた。だがそこにもお千の姿はなかった。
「――とうとう、お千のやつ、逃げてしまったんだな」
 杜は悲しみと憤《いきどお》りとに、胸がはり裂けんばかりになってきた。考えてみれば無理のない話でもあった。昔世話になった五十男といえば、ひと通《とおり》やふた通でない深い情交であったに違いない。杜とはほんの僅かなことで結びついただけであった。ことに震災というものがどこまで深刻なものやら判らなかった時代に、彼はお千から大いに頼られたのであって、震災もここに二十四日、惨禍《さんか》は大きかったけれど、もうそれにもいつしか慣れてしまって、始めの大袈裟《おおげさ》な恐怖や不安がすこし恥かしくなる
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