ホラこの前吾妻橋の上で行き会ったあんたのいいひと[#「ひと」に傍点]ネ。あの女学生みたいな娘がサ、向うの道を歩いていたわよ。あんた嬉しいでしょう。――まあ憎らしい」
などといって、はてはキャアキャアふざけるのであった。
またその後の或る日の出来ごとだったが(後で考えるとそれは二十三日のことだったが)彼が会社から帰ってみるといつもは子供のように胸にとびついてくる筈のお千が、迎えに出もせず、小屋のなかに蒼い顔をしてジッと座っているのを発見した。彼は、留守中なにごとかあったのだなと、すぐ悟った。
「いやに元気がないじゃないか。どうしたんだ」
と問えば、
「いえ、なんでもないの」
と、お千は蒼い顔を一層蒼くして、強くかぶりを振った。
「変だな。何かあるんだろう。云ってみたまえ」
彼女は、もう口を堅く閉じて首を左右に振った。
杜はどうしてお千に真実《ほんとう》を云わせたものだろうかと、首をひねって考えていた。
「ごめんなさいまし。――」
そのとき門口《かどぐち》に、男の声で、誰か訪《と》う者があった。
「あッ、――」
とお千は、電気に懸ったように飛び上り、すぐさま門口に両手を拡げ
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