。二人は全く夫婦心中者に見られてしまったらしい。
 杜はお千の背中を抱いたまま、不思議に自然に、その場の気分になっていた。が、そのとき不図《ふと》頭を廻して横を向いたとき、彼は卒倒せんばかりに愕《おどろ》いた。――
「おお、ミチミ――」
 ミチミが生きていた。ミチミは彼のすぐ傍にいた。僅か一本の太い鉄管を距《へだ》てて、その向うにいた。鉄管の上に両手をのせてジーッと二人を見詰めていた。すべてを彼女は見ていたのだろうか。
 ミチミの顔は真青だった。
 ミチミは手拭《てぬぐい》を、カルメンのように頭髪の上に被って、その端を長くたらしていた。そして見覚えのある単衣《ひとえ》を着ていた。それは九月一日、彼と一緒に家を出て、電車どおりにゆくまでにしげしげ見た見覚えのある模様の単衣だった。そしてその単衣の襟は茶褐色に汚れ、そのはだけた襟の間からは、砂埃りに色のついた――だがムッチリした可愛いい胸の膨《ふく》らみが、すこしばかり覗《のぞ》いていた。ミチミも随分苦労したらしい。
「ミチミ――」
 と、杜はお千を引離して駆けよろうとしたが、この時お千はまた両腕を彼の頸にまわして、力まかせにぶら下ってきた
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