つのせいで、今ならとても簡単に死ねるような気持になっているんだ。しかし考えて見なよ、このとおり多い惨死者のなかで、俺たちはともかくも助かっているんだ。なぜ助かったか、そこを考えなくちゃいけない。ねえ、貴郎《あなた》がた――さあお内儀《かみ》さんも元気を出して、下りて歩きなせえよ」
 要らざる訓戒とは思ったが、それを聞いているうちに、杜はそれがなんだかしみじみ自分の心をうっているのに気がついた。そして自分も、すっかり気力を失って本当に夫婦心中をしようと思っていたらしい気がしてくるのだった。不思議な気持ちだった。もちろん後で考えると、それは震災の大きなショックから来た神経衰弱症にちがいなく、莫迦莫迦《ばかばか》しいことではあったけれども――。
 お千は、彼の首に廻していた両腕を解いて、おせっかいな通行人の薦《すす》めるとおりに、下に下りた。しかし彼女はいきなりワーッと大きな声をあげると、杜の胸に顔を埋めて泣きつづけた。
「可哀想に――。無理もねえや。妙齢《としごろ》の女が桐の箪笥ごと晴着をみな焼いちまって、たったよれよれの浴衣一枚になってしまったんだからなァ」
 と、同情の声が傍から聞えた
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