りグッと締るかと思うと、最前から彼の耳朶に押しあてられていた熱い唇が横に移動して彼の頬の方から、はては彼の唇の方へ廻ってくる気勢《きせい》を示した。杜は近よってくるお千の生ぐさい唇の臭《におい》を嗅いだ。あわてて顔を横に向けようとしたが彼の頸動脈は、お千のためにあまりにも強く締めつけられていた。そのためになんだか頭がボーッとしてきた。
「あぶないッ――これ止せッ」
「これ、生命を粗末にするなッ」
突然大きな声が耳許にして、二人の身体は両方から支えられた。――杜はその力の下からフーフー息を切った。そして誰か通行人が、自分たちのために叫び、自分たちを支《ささ》えていてくれることに気がついた。
「さあ、落着いて落着いて」と見知らぬ声が云った。
「まあ無理はないよ、お互いに無一文何にもなしになったんだからネ。しかしお前さん方もまだまだ若いんだ。もっと気を大きく持ち、これから夫婦して共稼ぎをするなりしてもう一度花を咲かす気持でなくちゃあ――」
「そうだそうだ」と別の声が云った。
「全く死にたくもなるよ。俺も昨日それをやりかけた。しかしそれは死神が今俺たちについていると知って止したんだ。死神のや
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