みればスパナーのように冷たく、そして焦《じ》れったい朴念仁《ぼくねんじん》であった。
「これ、そう顔を近づけちゃ、前方《まえ》が見えなくて、危いじゃないですか。一緒に河の中へおっこちてしまいますよ」
「ウフフフ……」とお千はヒステリックに笑った。そして、わざと唇を彼の耳朶《じだ》のところに押しつけて「あたしネ、本当はお前さんとこの橋から下におっこちたいのよ、ウフフフ」
といって、太い両足を子供かなにかのようにバタバタさせるのであった。
「危い危い。冗談じゃない。そんな無茶を云うんだったら、僕はそこで手を離して、君だけ河ンなかへ落としちまう――」
「いやよいやよ。お前さんが離しても、あたしは死んだってお前さんの首を離しやしないわ、どうしてお前さんはそう邪怪《じゃけん》なんでしょうネ。いいわ、あたしゃ、ここで死んじゃうわよ、もちろんお前さんを道づれにして――」
「こーれ、危いというのに。第一、みっともない――」
といったが、お千はもうすっかり興奮してしまって、そこが人通の多いところであることも、白昼であることにも、もう弁《わきま》えがないように見えた。杜の頸を巻いている彼女の腕がいきな
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