(どうも、困った女だ)
 と、彼は心の中で溜息をついた。この分では、この年増女房は、どこまでも彼の後をくっついて来そうに思われた。なぜ彼女は、どこかへ行ってしまわないんだろう。
 彼女が臆病なせいだろうか。一家が焼け死んだと思っているからだろうか。それとも彼が倒壊した棟木の下から手首を抜いてやって、彼女の一命を助けてやったためだろうか。
 そんなことが、何だというのだ。
 そのとき杜は、昨夜の出来ごとを思いだした。昨夜彼は、この女を護って、野毛山《のげやま》のバラックに泊った。女は、例の手をしきりに痛がっていたので、そこにあった救護所で手当を受けさせた。その後でも女は、なおも苦痛を訴え、そして熱さえ出てきた様子であった。彼は到底《とうてい》このままにはして置けぬと思ったので、救護所の人に、どこか寝られるところはないかと尋ねた。すると、それならこの裏山にあるバラックへ行けと教えられた。
 彼は女につきそって、バラックに入れられた。そこには多勢の男女が居て、後から分ったところによると、家族づれの宿泊所だった。バラックとは名ばかり、下に柱をくんで、畳が四、五枚並べてあった。天井は、立てば
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