しょう。手をお出しなさい。奥さんの分とともに、三つあげましょう。すこし半端だけれどネ」
そういって若い男は、杜の手の上に、大きな握飯を三つ載せた。
奥さん?
杜はハッとしたが、それが後からついてくる人妻お千のことだと思うと、擽《くすぐ》られるような気がした。
杜は、そこをすこし通りすぎたところで、お千の方をふりかえった。そして彼女の手に握飯を一つ載せ、それからまた考えて、もう一つをさしだした。
女はそれを固辞《こじ》した。杜は自分はいいからぜひ喰べろとすすめた。女はあたしこそいいから、あなたぜひにおあがりといって辞退した。杜はこの太った女が、腹を減らしていないわけはないと思って、無理やりに握飯を彼女の手の上に置いた。すると握飯はハッと思うまに、地上に落ちて、泥にまみれた。
女はそれを見ると、急に青くなって、腰をかがめて、落ちた握飯を拾いあげようとした。彼は愕いて、女を留めた。
女は杜の顔を見た。女の眼には、泪がいっぱい、溜っていた。
「――すみません。あたしが気が利かないで。――」
「なァに、そんなもの、なんでもありゃしない」
杜はまた先に立って、焼野原の間を歩きだした
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