は、顔からスポリと被った手拭の端を、唇でギリギリ噛んでいたが、
「でも、さっき聞いた話では、あたしの住んでいた本所《ほんじょ》の緑町《みどりちょう》はすっかり焼けてしまったうえに、町内の人たちは、みな被服廠《ひふくしょう》へ避難したところが、ひどい旋風に遭って、十万人もが残らず死んでしまったといいますからネ。あたしそんな恐ろしいところへ、とても一人では行けやしませんわ」
杜はそれをきくと太い溜息をついた。なんという勝手なことをいう女だろう。しかし女はこの焼け野原を見てほんとうに途方にくれているらしかった。
「――じゃあ、僕がすっかり用事を済ませてからでいいなら連れていってあげてもいいですよ。しかし何日目さきのことになるかわかりませんよ」
「ええ、結構ですわ。そうしていただけば、あたし本当に、――」といって言葉を切り、しばらくして小さい声で「助かりますわ」
とつけて、ポロポロと泪《なみだ》を落とした。
杜は先に立って歩きだした。女は裾をからげて、あとから一生懸命でついてきた。見るともなしに見ると、いつの間にか女は、破れた筈の白い湯巻をどう工夫したものかすこしも破れてみえないように、
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