のこと。場所は、東京の真中新橋の上にちがいないのであるが、満目ただ荒涼たる一面の焼け野原で、わずかに橋があって「しんばし」の文字が読めるから、これが銀座の入口であることが分るというまことに変り果てた帝都の姿だった。
「お内儀《かみ》さんは、上野までのせていってもらったら、いいのに……」
と、杜は女に云った。
「じゃあ早く乗っとくれ。ぐずぐずしていると其処へ置いてゆくぜ」
と、満載した材木の蔭から、砂埃《すなぼこり》でまっくろになった運転手の顔が覗《のぞ》いた。
「ええ、あたし、此処でいいのよ。運転手さん、どうもすまなかったわねえ」
運転手はあっさり手をあげると、ガソリンの臭気を後にのこして、車を走らせていった。
「じゃ僕も、ここで失敬しますよ」
杜はカンカン帽のつばに、指をかけた。
女は狼狽《ろうばい》の色を示した。
「待って。――後生ですから、あたしを、連れていって下さい」
「困るなァ。僕は僕で、これから会社へちょっと寄って、それから浅草の家がどうなったか、その方へ大急ぎで廻らなければならないんですよ。とてもお内儀さんの家の方へついていってあげるわけにはゆきませんよ」
女
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