の下からチラチラと紅蓮《ぐれん》の舌が見えだした。杜は女の肩に手をかけた。
「そうだ、お内儀《かみ》さん。いまが生きるか死ぬかの境目だッ。生命を助かりたいんなら、どんな痛みでも怺《こら》えるんだよ」
女はもう口が利けなかった。その代り彼の方を向いて大きくうち肯《うなず》き、自由な片手を立てて、彼の方をいくども拝むのであった。
杜はその瞬間、天地の間に蟠《わだか》まるあらゆるものを忘れてしまった。ただ女の手首を棟木から放すことのほか、地震のことも、火事のことも、身に迫る危険をも指の先ほども考えなかった。
彼は決死の勇をふるって、女の腕をギュッと握り締めた。そして片足を前に出して、女の手首を挟んでいる棟木をムズと踏まえた。
「お内儀さん、気をたしかに持つんだよ」
「なむあみだぶつ――」
と、女は両眼を閉じた。
やッという掛け声もろとも、杜は満身の力を女の腕のつけ根に集めて、グウーッと足を踏んばった。キャーッという悲鳴!
首尾はと見れば、女の左手首は棟木から離れた。しかしこの腕は一尺も長くなってみえた。なんという怪異! だがよく見ればそれは怪異ではなかった。
「おお、――」
女
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