に隠れている女の手首を改めた。なんだか下は硬そうであるが、とにかくその下を掘り始めた。
「だ、駄目よ。手の下には、かね[#「かね」に傍点]のついた敷居があるのよ。掘っても駄目駄目。……ああ早く抜けないと、あたし焼け死んじまう」
なるほど、露地の奥から火勢があおる焦げくさい強い熱気がフーッと流れてきた。たしかに火は近づいた。彼は愕いてまた女の腕に手をかけ、力を籠めてグイグイと引張った。女はまた前のように、魂切《たまぎ》れるような悲鳴をあげた。
「駄目だ。これは抜けない」
「アノもし、あたしが痛いといっても、それは本心じゃないんです」
「え、本心とは」
「あたしは生命をたすかるためなら、手の一本ぐらいなんでもないと思ってます。痛いとは決していうまいと思っているのに、手を引張られると、心にもなく、痛いッと叫んじゃうの。……ああ、あたしが泣くのにかまわず、手首を引張って下さい。そこから千切《ちぎ》れてもいいんです。あたし、死ぬのはいや。どうしてもこんなところで死ぬのはいや」
女はオロオロと泣きだした。すべすべとした両頬に泪《なみだ》がとめどもなく流れ落ちる。
そのとき運命を決める最後のと
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