た。そして同じ露地の倒壊した提灯屋の屋根瓦の上を渡ろうとしたときに、突然足の下からヒイヒイと泣き叫ぶ女の声を耳にしたのであった。
「た、助けてェ……。女が居ますよォ……。焼け死にますよォ……。た助けてェ」
人間の声に、生れつきのリズムがあるということを、彼ははじめて知った。それはともかく、彼はあまりにその悲惨な声に、思わず足を停めた。
女は何処にいるのかと、声をたよりに探してみると、彼女は屋根が地上を舐《な》めているその切れ目のところに、うつぶせになって喚《わめ》いていた。丸髷《まるまげ》の根がくずれて、見るもあさましい形になってはいたが、真新しい明石縮《あかしちぢみ》の粋な単衣《ひとえ》を着た下町風の女房だった。しかし見たところ、別に身体の異状はないらしく、ただうつぶせになって騒いでいるところをみるとこれは気が違ったかも知れないと思ったことだった。
「どうしたの、お内儀《かみ》さん……」と、彼はその背後によって仮りに声をかけた。
「ああッ――」と、女は丸い肩をグッと曲げて、顔をあげた。女は彼よりも五つ六つ、年上に見えた。乱れ髪が額から頬に掛っていた。彼女は邪魔になる髪を強くふり払
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