気がつくなどという有様だった。高島町の露地へ迷いこんだのも、こうした事情に基くものだった。
その露地には、まるで人けがなかった。倒れた家だけあって、全く無人境《むじんきょう》にひとしかった。杜はまるで夢のなかの町へ迷いこんだような気がした。
なぜこの露地が無人境になっているかが、やがて彼にも嚥《の》みこめるときがきた。向いの廂《ひさし》の間から黄竜《こうりゅう》が吐きだすような厭《いや》な煙がスーッと出てきた。オヤと思う間もなく、うしろにあって、パリパリという物を裂くような音が聞えたかと思う途端、火床《ひどこ》を開いたようにドッと猛烈な火の手があがり、彼は俄《にわか》に高熱と呼吸《いき》ぐるしさとに締つけられるように感じた。彼はゴホンゴホンと立てつづけに咳《せき》をした。眼瞼《まぶた》をしばたたいて涙を払ったとき、彼は赤い焔が家々の軒先をつたって、まるで軽業のようにツツーと走ってゆくのを見た。とうとうこの露地にも火がついたのだ。
彼は拡大してゆく事態に、底知れぬ恐怖を感じた。猛火に身体を包まれてはたまらないと思った。急速にその露地を通り抜けないともう危い。彼は足早にそこを駈けだし
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