ろう。駄目と分って、彼は大憤慨《だいふんがい》の態《てい》でそこを出たが、なにぶんにも天災地変のことであり、人力《じんりょく》ではどうすることもできなかった。
このとき横浜市内には火の手が方々にあがっていた。そしてだんだん拡大の模様が、あきらかに看取された。ぐずぐずしていては、なんだか生命の危険さえ感じられたので、彼は重大決意のもとに、横浜から東京までを徒歩で帰る方針をたてた。もしうまくゆけば、途中でトラックかなんかに乗せて貰えるかもしれない。
杜は横浜の地理が不案内であった。東西の方向を知るにもこの日天地くらく、雲とも煙とも分らぬものが厚く垂れこめて、正しい方角を知りかねた。仕方なく彼は火に追われて右往左往する魂宙《こんちゅう》の人々をつかまえては、東京の方角を教えてもらった。
それは方角を教えてもらうだけで十分であった。近道大通を教えてもらっても、この際なんの役にも立たなかった。なぜなら、直線的に歩くことが全く無理だったから。倒壊した建物は、遠慮なく往来の交通を邪魔していたし、また思いがけないところに火の手が忍びよっていて何時の間にか南側の家が焔々《えんえん》と燃えているのに
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