彼女は、杜《もり》に見られるのを恥かしがり、頬をわざと膨《ふく》らまし、そして横目でグッと彼の方を睨《にら》んだ。杜にはそれがこの上もなく美しく、そしてこの上もなくいとしく見えて、ミチミの方へ身体を摺《す》りよせていった。
「ああ、また――」
 ミチミは、低声《ていせい》でそう叫ぶなり、彼とは反対の方角に身を移した。彼女はいつでも、そうした。ミチミが袴をはいて学校に通うとき、杜は一度として彼女と肩を並べて歩くのに成功したことがなかった。
「誰も変な目でなんか、見やしないよ。君は女学生だから、傍を通る人は、僕の妹に違いないと思うにきまっているよ。だからもっと傍へおよりよ」
 彼は不平そうに、ミチミにいった。ところがミチミは、頬をポッと染め、
「あら嘘よ。ピッタリ肩をくっつけて歩く兄妹なんか居やしなくってよ」
 といって、さらに二倍の距離に逃げてゆくのであった。
 二人は停留所で、勤め人や学生たちに交《まじ》って、電車を待った。杜はちょくちょくミチミに話しかけたけれど、ミチミはいつも生返事ばかりしていた。これがゆうべ、あのように興奮して、彼のふところに泣きあかしたミチミと同じミチミだろうか
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