った。傍にはキャフェ・テリヤの新客が、御馳走の一ぱい載った盆を抱えたまま、座席につくことも忘れて、呆然《ぼうぜん》と二人の様子に見とれていた。
3
明くれば九月一日だった。
「いよいよきょうから二学期だわ。――あたしきょう、始業式のかえりに、日比谷の電気局によって、定期券を買ってくるわ」
ミチミのあたまを見ると、彼女はゆうべ結った束髪をこわして、いつものように、女学生らしい下げ髪に直していた。紫の矢がすり銘仙の着物を短く裾あげして、その上に真赤な半幅の帯をしめ、こげ茶色の長い袴をはいた。そして白たびを脱ぐと、彼の方にお尻をむけて、白い脛《すね》に薄地の黒いストッキングをはいた。
杜はカンカン帽を手に、さきへ階段を下りた。玄関のくつぬぎの上には、彼の赤革の編あげ靴に並んで、飾りのついた黒いハイヒールの彼女の靴が、つつましやかに並んでいた。
ミチミは、すこし後《おく》れて家から出てきた。二人は停留場の方へブラブラと歩きだした。彼は、ミチミの方を振りかえった。彼女は目だたぬほどの薄化粧をして、薄く眉をひいていた。それはどこからみても十七歳の女学生にしか見えなかった。
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