は今夜にかぎって、そう興奮するのだ」
 ミチミはテーブルの上に肘《ひじ》をついて、その上に可愛い顎《あご》をチョンと載せた。
「あたし、なんだか今夜のうちに、思いきりお喋べりしておかないと、もうあんたとお話しができなくなるような気がしてならないのよ」
「そんな莫迦げたことがあってたまるものか。ねえ、君はすこし芯がつかれているのだよ」
「そうかもしれないわ。でもほんとに、今夜かぎりで、あんたと別れ別れになるような気がしてならないのよ。ああ、もっと云わせてもらいたいんだけれど――そこで先生が、棺桶のなかから、凝血を採集していって、それを顕微鏡の下で調べるところから、それは人血にまぎれもないことが分るとともに、その中からグリコーゲンを多分に含んだ表皮細胞が発見されるなんてくだりを……」
「ミチミ。僕は君に命令するよ。その話はもうおよし。それに日比谷の陸海軍の合同軍楽隊の演奏がもう始まるころだから、もうここを出なくちゃならない。さあ、お立ち」
 男は椅子から立ちあがると、女のうしろに廻って、やさしく肩に手をかけた。
 女は、男の手の上に、自分の手を重ねあわした。そしてシッカリと握ってはなさなか
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