下において血腥《ちなまぐさ》き事件でもございませんでしたでしょうか」
臼井は錐《きり》のように鋭く問い迫る。
「昨夜は極《きわ》めて静穏《せいおん》でしたな。報告するほどの事件は一つもなかった。いや、正確に申せば只一件だけあった。深夜《しんや》池袋駅|停《どま》りの省線電車の中に、人事不省になった一人の男が鞄と共に残っていたというだけのことです」
「えっ、鞄と仰有《おっしゃ》いましたか」
「ああ、鞄――それはスーツケースらしいですが、それが車内に残留していたので、その人事不省の人物の所持品じゃろうと……」
「その人事不省の男というのは、どんな男でしたか。年齢はどのくらい……」
「二十五前後の青年男子だと報告して来ています」
「ああ、それじゃ違う。赤見沢博士は確《たし》か本年六十五歳になられる老体《ろうたい》なんですからね」
「それはお気の毒」
と課長はいって、事件引継簿を書類|函《ばこ》の既決《きけつ》の函の中へ、ばさりと投げ入れた。
仔猫《こねこ》の怪《かい》
面会人臼井は、なかなか尻を上げようとはしなかった。
「これは一つ、今日只今課長さんによく認識して頂かねば
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