。博士はまだ意識|混沌《こんとん》としているので、あのような恰好をしているのであろうが、両眼を大きく明けているのが、ちと腑《ふ》に落ちかねる。
 そのときであった。小山すみれが脚立《きゃたつ》から下りて、二本の綱を引張って、赤見沢博士の傍へ来た。その綱は、天井から垂《た》れていた。よく見ると、天井には滑車《かっしゃ》がとりつけてあり、綱はそれに掛っていて、上下自在になっていることが分った。
 小山女史は、その綱の一本を、いきなり赤見沢博士の頸《くび》にぐるぐるっと巻きつけた。顔色一つ変えないで……。美貌《びぼう》の男は、あいかわらずにこにこ笑っている。小山嬢は綱に結び目をつくると二三歩うしろへ身を引いて、もう一方の綱をぐんぐんと下にたぐった。すると博士の頸に搦《から》みついている綱がぴーンと張った。それでも小山嬢は、自分の手にある綱をぐんぐんと下にたぐった。博士の身体が椅子から浮きあがった。小山嬢が綱をたぐるたびに、博士の身体は上へ吊りあげられた。博士の絞首刑《こうしゅけい》である。それを自らの手によって行っている小山すみれの顔は、始めと同じく無表情で、悔恨《かいこん》の色もなければ憎
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