婆やさんはそれに気づいて勝手の方へ駆《か》けこんで行く。やがて婆やさんが再び駆け出して来て、酒田へ電話を取りつぐ。そこで酒田は寝椅子《ねいす》からむっくり起上って、婆やと共に勝手の方へ行く。電話機は勝手の廊下の隅にあって、そこは暗いので、婆やさんは電灯を急いで吊《つ》りかえなければならなかった。
こうして僅か十分足らずの時間、お座敷の方を空虚《くうきょ》にして置いただけで、電話が終ると酒田と婆やさんとは再びお座敷の方へ戻って来て、婆やさんは雨戸《あまど》の残りを戸袋から繰《く》り出すし、酒田はラジオをちょっとひねって、そして男女合唱がとび出して来ると、すぐスイッチをひねって消し、それから煙草をつけて安楽椅子へ腰を下ろしたんだが、忽《たちま》ち彼はバネ仕掛の人形のようにとびあがった。
「あれッ、ここに置いてあったトランクが見えないぞ。……トランク、どこへ持って行った?」
それからの騒ぎを一々克明にここに写している遑《いとま》はない。とにかくかのトランクは煙のように消えてしまったのである。庭の植込みに隠れていたかもしれない泥坊《どろぼう》の詮議《せんぎ》や、一応は疑われた婆やさんのこと
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