の頭が変になっていたんだなどと後に指摘されることになってはいやだと思ったらしいのである。
トランクはどこへ行ったろう。
店員はそれを発見するのに大して骨を折らなかった。その赤革のトランクは、金色の金具を午後の太陽の反射光で眩《まぶ》しく光らせながら、広い道路を半分ばかり渡り、地上約三尺ばかりの高度を保って、なおも向いの側の人道へ辿《たど》りつこうとしていた。
と、左の方から一台のトラックが疾走《しっそう》して来て、呀《あ》っという間にそのトランクに突きあたった。トランクは、フットボールのように弾《はじ》かれて上へ舞いあがった。と思う間もなく下へ落ち始めた。するとその下へトラックの車体がすうっと入って来て、トランクを受け留めた。そのトラックは空《から》であった。そのトラックは、始めトランクに突き当ったそれだった。かくしてそのトラックは速力を緩《ゆる》めることなしに、店員にガソリンの排気《はいき》をいやというほど引掛《ひっか》けて遠去《とおざ》かっていってしまったのである。
店員は、トラックの番号を覚《おぼ》えることさえ忘れて、呆然《ぼうぜん》と立ちつくしていた。なんという気味のわ
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