出あり、目白署に保護保管中なり。住所姓名年齢|不詳《ふしょう》なるも、その推定年齢は二十五歳前後、人相服装は左の如し……”
課長はそのあとの文字を、目で一はけ、さっと掃《は》いただけでやめ太い指で紙をつまんで、次の頁をめくった。
次の頁は空白《ブランク》だった。
(さっぱり商売にならんねえ)
と、課長は、刑事時代からの口癖になっている言葉を、口の中でいってみた。ぽたりと微《かす》かな音がした。茶色の液《えき》の玉が空白の頁の上に盛上って一つ。課長は大湯呑を目よりも上にあげて、湯呑の尻を観察した。それからその尻を太い指でそっと撫《な》でてみた。指先は茶色の液ですこし濡《ぬ》れた。課長はすこし周章《あわ》てて茶碗を下に置きかけたが、机に貼りつめている緑色の羅紗《ラシャ》の上へ置きかけて急にそれをやめ、大湯呑は硯箱《すずりばこ》の蓋の上に置かれた。
課長の仕事は、まだ終っていなかった。事件引継簿の頁の上にはげんのしょうこの液の玉が盛上っていた。課長は、机の引出から赤い吸取紙を出して、茶色の水玉の上に置いた。吸取紙は丸く濡れた。その吸取紙を課長が取ってみると、帳簿の上の水玉は跡片《あと
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