あるままでそれから先を別々に進行していった。
 臼井は、あれから船に乗せられると間もなく正気づいたが、自分が船内に軟禁《なんきん》されている身の上であることを、千田から話されて知った。こうなれぼ当分温和しくしているより仕方がない。そのうちに千田や船員が油断《ゆだん》をするだろうから、脱出も出来ようと考えた。但し脱出したのがよいか、しないで辛抱していた方が安全か、これは篤《とく》と考えてみなければならない問題だと思った。
 ちょうどその頃、東京に一つのふしぎな噂が流れはじめた。それは怪談の一種であるとして取扱われていた。人影もない深夜《しんや》の東京の焼跡《やけあと》の街路を、一つのトランク鞄《かばん》がふらりふらりと歩いていた、そのトランクを手に下げている人影も見当らないのに、トランクだけが宙をふわりふわりと揺《ゆ》れながら向こうへ行くのを見たというのだ。
 もし事実なら、奇々怪々《ききかいかい》なる出来事だといわなければならぬ。
 その怪事の目撃者というのは、焼跡に建っている十五坪住宅の主人で、昼間は物品のブローカーをしている人だったが、その人が夜中|厠《かわや》へ入って用を足しなが
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