とりで喋りだした。
「警視庁の自動車が門前に停りました。三人の紳士が今玄関に立ってベルを押しています。一番えらそうな紳士は鼠《ねずみ》色のオーバーを着た大男です……」
 そこまで聞くと、目賀野は万事を悟った。
「捜査課長の田鍋が来たんだ。さすがに早く気がついたな。さあ千田、今のうちに地下道を通って長屋から出て行け。草枝は裏から抜け出ろ。そして松戸の駅前の丸留の家で待っているんだ。もんぺはそこで借りりゃいいぞ」
 目賀野はそういって命令を伝えると、彼自身は隣室へとびこんで、ばたりと扉を閉じた。


   鞄の怪談


 田鍋課長一行は、一向要領を得ないで、目賀野氏が留守だという邸から引揚げた。もし課長が、今しがたそこの地下室での出来事を勘づいていたら、そのように温和《おとな》しく帰りはしなかったろう。
 目賀野は行方不明となった。だが、田鍋は別に大して重要と思わないから、捜査命令を出しはしなかった。その代り彼は赤見沢博士の容態《ようだい》には十分の警戒を払い、専門の警察医を附添わせた。
 こうして、何だか正体《しょうたい》の分らないこの妙な事件は、田鍋課長側と目賀野側との間に喰いちがいの
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