田鍋のところへ行くんだ。さっきの十万円で買収だ。買収に応じなかったら田鍋の奴を早いところ誘拐《ゆうかい》してしまえ」
「はい」
 と、電話が外から懸って来た。
 目賀野は電話器を取上げた。彼は簡単な返事をして電話を切った。彼の奥歯がぎりぎりと鳴っていた。
「臼井、早くしろ。十万円はその書類棚の上に入っているから、開いて出したまえ」
「はあ」
 臼井は書類棚のところへ行った。と、彼の脳天《のうてん》にはげしい一撃が加わって、彼は意識を失ってしまった。
 目賀野は、ほっと一息ついて、手にしていた丸い盆を、隅の卓子へかえした。それから隣室へ通ずる扉を開いて、大声で呼んだ。すると、いつぞやの若い男と女とが、奥からとび出して来た。それを見ると、目賀野はいった。
「一時この邸から退去せにゃならなくなった。千田はこの臼井を担《かつ》いで霊岸橋《れいがんばし》へ行って、辰馬丸に乗込んですぐ出てくれ。行先は石《いし》の巻《まき》だ、草枝はもんぺをはいてわしといっしょに来てくれ。松戸へ出てから、すこし歩くことにするからなあ」
 そういっているとき、天井に取付けてある高声器が、がらがらと雑音を出してから、ひ
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