くるぞなどと仰有《おっしゃ》るお方じゃございませんもんな。……坂をのぼって目黒駅の方へお出でなさったことだけは間違いねえでがす」
博士の昨夜の行動について喋《しゃべ》ったのはこの川北老だけであった。他の妻君のお綱婆さんも、小山研究嬢も、共になんにも語らなかった。
臼井は、目賀野の指図で、もう一つの重大申入れを留守番の人々に行った。
「実は、僕はこの前からしばしばこちらへ伺って博士に或る物の御製作をお願いしてあったんだ。昨日はその出来上ったものを僕の許《もと》へお届け下さるお約束の日だった。博士はこのトランクに入れて、僕のところへ向われたんだが、その途中であのような病態《びょうたい》となられた……」
そういっているときに、目賀野が連れていた医師が入って来て、博士の容態《ようだい》について報告した。目下|麻痺《まひ》症状がつづいている。その原因は不明である。しかし急変はないと思うから、当分このままにそっと寝かして置くがよろしく、次第によって明日か明後日から滋養浣腸《じようかんちょう》などを始めることにしたいというのだった。目賀野は目くばせをして、医師をこの部屋から去らせた。そして臼井
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