金属売場へゆくと、誰にも発見されるような万引をやった。果して私は逮捕せられてしまった。それでいいのだった。
 なぜなれば、即日《そくじつ》から、身体の自由を失ったと云うことは、即日から、私は警察の保護をうけたことになるのだ。
 常習万引《じょうしゅうまんびき》の罪状はきわめて明白《めいはく》だった。予審《よしん》が済むと、私の身柄は直ちに近郊の刑務所に移された。やがて判決|言渡《いいわたし》があった。
「被告ヲ懲役《ちょうえき》五年ニ処《しょ》ス!」
 私は晴れて刑務所の人間になった。私は落ちつくところへ落着いて、たいへん安心したのだった。
 その頃、世間では「ラジウム入り患者の失踪事件」のことなんか、もうすっかり忘れてしまっていた。病院の方でも、もう出ないものと諦《あきら》めていた。警察では、真犯人の私のことを、あろうことかあるまいことか、常習万引罪で刑務所に封鎖してしまったので、いくら巷《ちまた》を探したって、犯人が網《あみ》に懸《かか》る筈がなかった。かくして例の事件は、盲点《もうてん》に巧みに隠蔽《いんぺい》せられることとなった。
 それはそれで大変うまくいったのだが、唯一つ困
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