りあの患者は、ラジウムに生命《いのち》を取られることなしに、うまく助かったのである。そして今もピンピンしている。ピンピンしているどころか、こうして原稿用紙に向ってペンを動かしているのである。
 あの失踪した患者というのは、実《じつ》は斯《か》くいうそれがし[#「それがし」に傍点]なのである。本名を名乗ってもいい。丸田丸四郎――これが私の本名である。
 こう名乗ってしまうと、まず真先《まっさき》に訊《き》かれるだろうと思うことは、
「どうしてお前は、病院のベッドから居なくなったのだ」ということだろう。
 これについては、正直に次のように答えたい。「そいつは予《かね》ての順序だったのだ……」
 予ての順序だったのだ。つまりラジウムを挿入《そうにゅう》されて、ほんのすこしだけれど、じっと寝かされるのを待っていたのだ。医師と看護婦とは、私が寝台《ベッド》の上に釘《くぎ》づけになっているだろうことを信じて疑わなかった。
「動かないで下さい。ちょっとの間ですから」
 と医師は私に云った。そして看護婦の方を向いて、
「いいかネ。二十分だよ。……僕は医局にいるからネ」
「はア。――」
 そして医師が向
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