なかった。
 ――と云う事件について、今も尚みなさんは多少の記憶を持っていられないだろうか。あの「ラジウム入り患者の失踪事件」というのが、新聞に報道されたのは、もう今から五年あまり昔のことだった。
 あの事件に興味を持って、その後の記事を楽しみになすった方もあったろうが、そういう方はきっと失望せられたに違いない。なぜなれば、あれから後、あの患者が逮捕されたという話も無ければ、用務員さんがラジウムを発見して五百円貰ったという記事も出なかったからである。あの事件の報道は、あれっきりのことで、杳《よう》として後日物語がうち断たれてある有様だった。

 五年あまり後の今日――
 ここに図《はか》らずも、あの「ラジウム入り患者の失踪《しっそう》事件」の真相と、その後日物語を発表する機会を与えられたことを、みなさんに感謝する次第である。
 さてあの時価金三万五千円也のラジウムはどうしたか。それから、あのラジウム入りの患者はどうなったか。
 患者の方については、なによりもまず安心せられたい。あの思いやりのある婦長さんや、新聞記者君が心配して下すったことは、遂に杞憂《きゆう》に終ったのであるから。つま
前へ 次へ
全33ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング