さて私は、その日から、痔《じ》の治療をうけることになった。何かにつけ、娑婆《しゃば》とは段違《だんちが》いに惨《みじ》めな所内《しょない》ではあるが、医務室だけは浮世並《うきよな》みだった。
「少し痛いが、辛抱《しんぼう》しろよ」
 と医務長は云った。なるほど手術は痛くて、蚕豆《そらまめ》のような泪《なみだ》がポロポロと出た。
 独房へ帰って来ても、痛くて起上れなかった。このままでは、腰が抜けてしまうのではないかと思った。私はそのとき、箒《ほうき》の中に隠してあるラジウムを思い出した。私は朝と夜との二回、ラジウムを取り出して患部にあてた。そして毎日それを繰返した。
「どうだ、吃驚《びっくり》するほど、早くよくなったじゃないか」
 と医務長は得意の鼻をうごめかせて云った。
「へーい」
 私は感謝をしてみせたが、肚《はら》の中ではフフンと笑った。医務長の腕がいいのではない。私のやっているラジウム療法がいいのだ。――こんなわけで、痔の方は間もなく癒《なお》ってしまった。
 それからは、まことに単調な日が続いた。
 初めのうちは、刑務所ほど平和な、そして気楽な棲家《すみか》はないと思って悦
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