しぎに自分の体が、軽くなったように思った。
 彼は、まず手始めに、中国大使館へ出向いた。そして、自分は仏天青《フォー・テンチン》であるが、自分の素姓は、どういうものであるか、果して、大使館参事官であるか、どうかと、たずねた。そして記憶を失ったことや、記憶|恢復《かいふく》後において身近に起った事件を、差支《さしつか》えない範囲で、受附の前にくどくどと説明したのであった。
「大使|閣下《かっか》は、御不在《ごふざい》です。そしてわが大使館には、あなたのような名前の参事官はいません。御返事は、これだけです」
 と、木で鼻をくくるような挨拶《あいさつ》だった。
「本当ですか。本当のことを教えてもらいたいものです。私は気が変ではありませんよ」
「誰でも、そういうよ」
 と、受附子《うけつけし》の言葉が、急に乱暴になって、
「わしは、ロンドンに二十年も在勤しているが、ついぞ、仏天青などというおかしな名前の参事官があった話を聞かないね。家へかえって、内儀《かみ》さんによく相談してみたらいいでしょう」
 折角《せっかく》いい機嫌になった彼は、大使館に於けるこの押し問答によって、また憂鬱《ゆううつ》を
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