が君の元首蒋将軍によろしくといったことが思いあわされる。
「中国人だったのか、おれは……」
 仏天青――と今後彼をそう呼ぼう――は、まだぴったりしないような顔付で、ひとりごとをいった。
 それから仏《フォー》は、ふと、今自分が着ている服に目をうつした。それは中国服ではなく、タキシードであった。しかしひどく汚れていた。上も下も胸も、泥まみれになっていたうえ、肘《ひじ》のところは破れ、ズボンにも、かぎ裂《ざ》きのような箇所があり、見れば見る程、見られたざまではなかった。
「ふーん、これはどうしたんだ」
 どこで、こんなに土まみれとなり、かぎ裂きをこしらえたのであろうか。彼は、急に恥《は》ずかしさがこみあげて来た。そこで、彼は下に落ちていた中国服をとりあげると、埃《ほこり》をはらって、タキシードの上から着た。そして、あわてて襟《えり》を合わせた。
 彼は、それからまた歩きだしたが、何思ったか、また引返した。そして舗道《ほどう》のうえを風にあおられて匐《は》っていく、包紙の新聞紙を、靴の先で踏まえた。彼は、その新聞紙をとりあげて見ていたが、そのまま畳《たた》んで、タキシードのポケットにねじこん
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