…」
仏天青《フォー・テンチン》は、その然《しか》らざる所以《ゆえん》を滔々《とうとう》と述《の》べた。そして、一列車前の十三号車に乗っている彼の妻君アンに連絡してくれれば、万事《ばんじ》明白《めいはく》になるからと、しきりにその事を申し述べたのであるが、車掌と憲兵とは、それを実行しようとも何とも言わずに、彼を三等車の隅っこに押しこんで、附近の乗客に、彼を監視しているように命じた。
こうして、彼の不愉快な列車旅行が始まったのであった。
幸いに、彼を監視の乗客たちは、この顔色の黄いろい中国人をむしろ気味わるくおもっていたので、ときどき彼を睨《にら》みつける位のことで、手を出して迫害《はくがい》せられるようなことはなかったので、この点は大いに助かった。
彼は、不愉快のうちに、これまでの突拍子もない事件のあとを、静かにふりかえる時間を持った。
(一体、おれは、仏天青氏なのか、それとも他人なのか?)
アンは、自分が仏天青であることに異存《いぞん》はなかった。ブルート監獄の看守も「ミスター・F」と呼んでくれた。アンと一緒に乗り込んだ前の列車の憲兵も、同じく彼を仏天青と認めてくれた。それ
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