のお金を握っているだけだった。とても、これでロンドンまでの切符を買うことは出来なかった。
 彼は、すぐさま車掌に申告《しんこく》するとか、バーミンガムの駅で証明をとって置けばよかったのだ。だが、彼はそんなことに気がつかなかった。只《ただ》考えたのは、何とかして、検札《けんさつ》や旅客訊問《りょきゃくじんもん》の網《あみ》に引懸《ひっかか》るまいとして、こそこそ逃げ込むことばかりにこれ努《つと》めた。
 その結果は、甚《はなは》だよろしくなかった。彼は、とうとう無賃乗車《むちんじょうしゃ》の怪《あや》しい乗客として、車掌に捕《とら》えられた。それから憲兵の前へ引き出された。
 彼は、陳弁《ちんべん》に努めた。だが、彼等は、なかなか信用しなかった。彼は、思い出して、二冊の貯金帳を出して見せた。
「ほう」
 と、彼等は、目を丸くしたが、
「この貯金帳には、大金を預けていることになっているが、この列車の中では、通用しない。このごろは、敵国のスパイが、よくそういうものを偽造《ぎぞう》してもっているからだ。本当に君は、中国人であろうか。われ等《ら》は、君を日本人の密偵だと睨《にら》んでいるのだが…
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