なさい、ボジャックさん」
「わたしは、べつに何でもありませんがね。御亭主さん、気が立っているようだな」
 相手の二人の間には、今もまだ芝居めいたものが感じられたが、そうまで言われて、仏天青は、これ以上、すね者扱《ものあつか》いされるのがいやだった。それは、彼の短気というか、潔癖《けっぺき》のせいであったろう。とにかく、彼は機嫌を直したことにして、座席に座った。ボジャック氏は、どうか彼の素姓《すじょう》については内密に願うと、くどくどと歎願《たんがん》したのち、ずっと後方にあるという彼の座席へ帰っていった。
     10
「あの方、フランスにいたとき、パン屋の店を出していた人よ。リバプールで、行《い》き逢《あ》ったんですけれど、警官に何かと間違えられて、桟橋《さんばし》から飛びこんだところまで、実はあたしが見ていたのよ。でも、可哀そうでしょう。あたしは、何も喋《しゃべ》りたくはなかったから、何も関係ないと、いっただけなのよ」
 アンは、そういって弁解《べんかい》したのち、いろいろと、仏《フォー》の機嫌《きげん》をとった。
「さあ、機嫌をお直しになって、買ってきていただいたもの、 
前へ 
次へ 
全83ページ中42ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング