たものだった。彼は、いそいで、それを出して展《ひろ》げた。
 新聞は、ロンドン・タイムスだった。日附を見ると、八月十日とある。かなり古い日附の新聞だった。七八ヶ月も前の新聞だ。
 わがイギリス軍と独伊枢軸側《どくいすうじくがわ》との戦闘は、フランス戦線をめぐって猛烈を極めているとの記事で充満していた。フランス遠征のわがイギリス軍は、ついに総引揚《そうひきあげ》を決行した。ドイツ機必死の猛爆にも拘《かかわ》らず実に巧妙に、そして整然と、わがイギリス兵は本国へ帰還したと、写真入りで報道してあった。
(なあんだ、イギリス軍は負けているじゃないか。そして、フランスは、ドイツ軍の靴の下に、踏み躙《にじ》られようとしているではないか。これは重大なる戦局だ――現在はどうなっているのだろうか)
 他の記事によると、イギリス軍のフランス撤退《てったい》について、多数のフランス人が、汽船や飛行機にのって、イギリス本土へ避難《ひなん》して来たことをも報じていた。
“今やイギリス本土は国際避難所の如き感がある!”
 などという記事も見える。
“必要ならば、フランス政府も、一時ロンドンに移転するかもしれない”
 
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