たアンの方を見た。アンは、本当に寝込んでしまったらしい。すうすうと、安らかな鼾《いびき》をかいている。そして、弾力《だんりょく》のある小さい唇の間から、白い歯が、ちらりと覗《のぞ》いていた。
 仏は、立ち上ると、アンのオーバーの前をあわせ、そしてその襟《えり》を立ててやり、席に戻った。
 色のぬけるように白い、鳶色《とびいろ》の髪をもった彼の妻!
(おれは中国人だが、アンは中国人じゃなくて、白人だ。白人にもいろいろある。伊国《イタリー》人だろうか、イギリス人だろうか。いや、イギリス人には、こんな美人はいない。躯の小さいところといい、相当肉づきのいいところといい、ひょっとしたらフランス人じゃないかなあ)
 彼は、そんなことを考えながら、妻君《さいくん》の寝顔を、飽《あ》かず眺《なが》めていた。
     8
 列車の窓から、マンチェスター市の空を蔽《おお》う煤煙《ばいえん》が、そろそろ見えてきた。
 アンは、まだ眠っている。
 仏天青《フォー・テンチン》は、まだ眠る気になれなかった。そのとき彼は、ポケットの中に、新聞紙があったのを思い出した。それは彼が今着ている中国服を包んであっ 
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