へ戻した。
「おい、アン」
「なあに、あなた」
「お願いだ、おれが、この頭部に負傷したときのことを、もっと詳《くわ》しく話してくれないか」
「ああ、そのことなの」アンは、仏の顔を見上げ、「いつでも、話をしてあげますわ。でも、今はよしましょう。あなた、昂奮《こうふん》していらっしゃるようね。すこしおやすみになったらどうです。あたしも、なんだか、列車にのって安心したせいか、急に睡《ねむ》くなって、ほらこのとおり眼がしょぼしょぼなのよ。ほほほほ」
 なるほど、アンの眼は睡そうであった。仏は、見れば見るほど、子供のように可愛いところのあるアンを、これ以上、彼の我儘《わがまま》のため疲らせることは気がすすまなかったので、
「アンよ、おやすみ。そのうち、おれも睡くなるだろうよ」
 そういって、仏は、アンの額に、軽く唇をつけた。アンは、早《は》やもう目をとじていた。
 あと、十時間だ。
 仏は、アンに睡られてしまって、俄に退屈になった。窓外《そうがい》を見ると、空は相変らず、どんよりと曇っている。畠には、小麦の芽が、ようやく三、四|吋《インチ》伸びている。ようやく春になったのである。
 仏天青は、ま 
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