阻塞気球隊《そさいききゅうたい》だったが、彼は、そんなことを知る由《よし》もなかった。
 山火事のように渦《うず》をまく砂塵《さじん》の中に、ただひとり取り残されていた彼だった。
 砂塵は、いつまでたっても、治《おさ》まる模様がないので、彼は再び舗道へのぼり、気球隊の通りすぎた後を、ぼつぼつと歩きだした。
「イギリスは、いまドイツと闘っていると看守がいったが、このことだな。危険、危険」
 それから半マイルばかり歩いた。
 彼は、とうとう疲れてしまって、道傍《みちばた》に腰を下ろした。リバプールの市街の塔や高層建築が、もう目の前にあった。空には、夢のように、阻塞気球が、ぷかりぷかりと浮んでいた。
「ああ、綺麗だなあ」
 と、彼は見当ちがいの賛辞《さんじ》をのべた。
 道ゆく人が、探るような目で、彼の顔を覗《のぞ》きこんでいった。
(ミスター・F――と、あの看守は呼んでいたな。すると、おれ[#「おれ」に傍点]は、ミスター・Fという人間か。そして、お前の元首蒋将軍へよろしく――といったが、蒋といえば、中国人の名前じゃないか)
 現在のことは、考え出せる力があった。しかし一週間前のこととなると
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