うわけか、約一週間前から過去の記憶が、全然ないのであった。なんのため、監獄に入れられていたのか、そしてまた、自分がどういう経歴の人物やら、さっぱり分らないのであった。全く、気持がわるいといったらない。
警笛《けいてき》が、後の方で、しきりに鳴っていた。彼の思考をさまたげるのが憎《にく》くてならないその警笛だった。
なにか、やかましく怒号《どごう》をしている。そして警笛は、気が違ったように吠《ほ》えている。
彼は、うしろを振り向いた。
と、大きな函《はこ》のトラックが、隊列をなして、彼のうしろに迫っていた。
彼は、轢殺《ひきころ》される危険を感じて、よろめきながら、舗道の端《はし》によった。
とたんに一陣の突風《とっぷう》と共に、先頭のトラックが、側を駆けぬけた。
「危い!」
彼は畦《あぜ》をとびこえて、舗道《ほどう》から逃げた。
濛々《もうもう》たる砂塵《さじん》をあげて、トラック隊は、ひきもきらず、呆然《ぼうぜん》たる彼の前を通りぬけていった。
“気球《ききゅう》第百六十九部隊”
と、そういう文字が、トラックの函のうしろに記されてあった。それは、リバプール港へいそぐ
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