君の元首《げんしゅ》蒋将軍《しょうしょうぐん》に逢ったら、わし[#「わし」に傍点]がよろしくいったと伝えてくれ。じゃあ、気をつけていくがいい」
「……」
ミスター・Fと呼ばれたその釈放囚は、新聞紙にくるんだ小さい包を小脇にかかえて、無言のままで、門を出ていった。
それからは、やけに速足《はやあし》になって、監獄通りの舗道《ほどう》を、百ヤードほども、息せききって歩いていったが、そこで、なんと思ったか、急に足を停《と》め、くるりと後をふりかえった。
彼の、どんよりした眼は、今しも出てきた厳《いかめ》しい監獄の大鉄門のうえに、しばし釘《くぎ》づけになった。
そのうちに、彼の表情に、困惑《こんわく》の色が浮んできた。小首《こくび》をかしげると、呻《うめ》くようなこえで、
「……わからない。何のことやら、全然わけがわからない」
と、英語でいった。
溜息《ためいき》とともに、彼は、監獄の門に尻をむけて、舗道のうえを、また歩きだした。もう別に、速駆《はやが》けをする気も起らなくなったらしく、その足どりは、むしろ重かった。
「……わからない」
彼は、つぶやきながら、歩いていった。どうい
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