はなし》であった。
アンと仏《フォー》とは、十三号車の中の、一つのコンパートメントを仲良く占領することが出来た。
この十三号車は、わりあいすいていたようである。誰も、この空襲下に、わざと縁起《えんぎ》のよくない座席を選ぶ者もなかったからであった。
「あなたは、黙っていらしてよ。女が出る方がすらすらといきますからね」
アンが、そういったのは、車内に於ける乗客取調べのことであろう。もちろん、仏にとっては、そんな煩《わずら》わしいことに、頭を使いたくなかったので、万事《ばんじ》アンに委《まか》せることに同意した。
列車憲兵《れっしゃけんぺい》が、廻ってきた。
「ロンドンへは、どういう用件でいかれますかね」
憲兵は、記名の切符を、アンへ戻しながら、油断のない目で、アンを見つめた。
「夫が、このとおり、空襲で頭部《あたま》に負傷いたしまして、なかなか快《よ》くならないんですの。早く名医《めいい》の手にかけないと、悪くなるという話ですから、これからロンドンへ急行するんです」
「ほう、それは、お気の毒ですね。負傷は、どのあたりですか」
「ちょうど、このあたりです」
と、アンは、前額《ぜん
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