みとった。
(フン大尉か)と、仏は口の中で間諜の名をくりかえした。
 アンは、不機嫌だった。
「あなた。さっきの防空壕のこともあるんですから、あまりあたしたちにとって不利な発言は、なさらないようにね」
「不利な発言? おれがいま駅員と話をしたことが、それだというんだね」
 アンは、黙ってうなずいた。
「なあに、大丈夫さ。でも君が心配するなら、以後は、口を慎《つつし》もう」
「それがいいわ。お互《たがい》のためですもの」
 アンは、機嫌をなおして、甘えるように、仏の腕にすがりついた。
 列車はホームについていた。大時計を見ると、今発車という間際《まぎわ》だった。仏は愕《おどろ》いて、アンを抱《かか》えるようにして十三号車に飛びのった。


     7


 リバプールからロンドンまでは、四百数十キロの道程《みちのり》があった。特別急行列車は、この間を十時間で走ることになっていた。だから、午後七時ごろには、ロンドン着の筈であるが、今は、ドイツ機の空襲が頻繁《ひんぱん》なので、いつどこで停車するかわからず、ひょっとすると、ロンドン入りは、翌朝になるかもしれないという車掌《しゃしょう》の談《
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