いで驀進《ばくしん》した。その辻のところでは、半壊《はんかい》の建物から、また、ばらばらと石塊《せきかい》がふってきた。アンは、ハンドルの上に首を縮《ちぢ》めながらも、急カーブを切って崩れて落ちた石塊の充満する辻を、右へ折れた。車は、ゴム毬《まり》のように、はずんだ。
「アン、どこへいくのか」
 と、仏は、ほれぼれと、ハンドルをとるアンを眺めた。
「どこって、あなた、リベッツの宿に荷物が置いてあるじゃありませんか」
「荷物が……」
「ああ、失礼。あたし、あなたにお話ししてなかったけれど、宿をかえたのよ。だって、いつお出になるかわからなかったんですものねえ」
「え、出るって……」
 仏は、ふしぎそうな顔をした。
 彼は、アンに初めて逢ったときには、アンを、まことの自分の妻だと思った。ところが私服の警官が現われて、アンが、リバプールの桟橋から飛び込んで死んだ男の妻君であって、何かの事情のため、自分に助けを求めたものじゃないかと思った。だが、これは断言《だんげん》するだけの証拠が集っていなかった。アンが、防空壕を出ていくといったとき、彼はいよいよこの女の亭主の代役が終ったのかと思って、憂鬱《
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