ことよ。リバプールの桟橋《さんばし》から、海へ飛びこんだ男があったのよ。そのとき、たいへんな騒ぎが起ったんですけれど、この警官たち、あたしが、その自殺男の妻君《さいくん》にちがいないとおきめになって、とうとうこんな目に……」
「自殺男じゃない」と、私服警官は、アンを怒鳴《どな》りつけたが「まあ、もう少し温和《おとな》しくして待っていろ、空襲が終り次第、どっちが、お前の本当の亭主だか、よく調べてやる」
 仏は、黙りこくって、唇を噛んだ。
 そのとき、とつぜん、飛行機の爆音を耳にした。
「ひえーッ、敵機が……」
「ああ神よ、われらを護《まも》り給《たま》わんことを」
 防空壕の人々の中からは、一せいに悲鳴《ひめい》と祈りとが起った。と、あまり遠くないところで、轟然《ごうぜん》たる爆発音が聞え、大地はびしびしと鳴った。
「墜《お》ちた、近いぞ」
 わァと喚《わめ》いて、逃げ腰になる。それを、叱りつける者がある。
 仏とアンとの傍に立っていた私服警官は、二人を睨《にら》みつけておいて、そのまま身を翻《ひるがえ》すと、防空壕の入口の方へ駈け上っていった。
 また、爆音が聞えた。今度は、よほど近い
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