もかもお話し。一体……」
「しっ」
 そのとき、仏天青のうしろから、どら声を張りあげたものがあった。
「こら、女。逃げると承知しないぞ」
 仏は、むっとして、うしろを振り向いた。胸に徽章《きしょう》を輝かした私服警官が立っていた。
 アンは、綱でしばられたまま手首をつと動かして、仏の服をおさえた。
「あなた、黙ってて……」
 アンは、彼に注意を与えると、私服警官の方へ仰向《あおむ》き、
「あたしの夫が、帰って来てくれました。このとおり、あたしを抱いていてくれます。人違《ひとちが》いだとお分りでしょう。このいましめの綱を、解いてくださいませ」
「なんじゃ。お前の亭主が帰って来たと。なるほど、中国人らしい面じゃ……だが、本当かどうか信用できるものか」
「そんなことは、ありません。ねえ、あなた。この警官は、なにか大へん勘ちがいをしていらっしゃるのですよ。結婚のとき取交《とりか》わしたあたしの名前を彫《ほ》った指環《ゆびわ》を見せてあげてください……」
「指環? 指環どころか一切の所持品は……」
 盗られてしまったと、仏《フォー》はいいかけたのを、アンは素早く引取って、話題を転じた。
「けさの
前へ 次へ
全83ページ中15ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング