ン……」
女が、そういった。
「そうだ。可愛い可愛い私のアン。私はもう、どこへもいきはしないよ」
彼は、そういうと、唇をかんだ。頬を、止《と》め度《ど》もなく、熱い涙がほろほろと、滾《こぼ》れ落ちた。
4
仏天青《フォー・テンチン》は、アンと抱きあっていた。
それから暫《しばら》くして、彼は、アンの腰のあたりに、変に硬いものが当るので、ふしぎに思って、そこを見た。
「おや、アン。これはどうしたのかね」
彼は、アンの腰に、丈夫《じょうぶ》な綱《ロープ》がふた巻もしてあるのを発見した。しかもその綱の先は、防空壕の肋《ろく》材の一本に、堅く結んであった。まるで囚人《しゅうじん》をつないであるような有様であった。
「いいのよ、あなた」
「よかないよ。説明をおし。これじゃ、まるで……おや、手も、そうじゃないか」
アンの手首は、いつの間にか綱《ロープ》でしばられていた。
「大丈夫。手首はぬけるのよ」
といって、アンは、綱のくくり目から、手首をぬいてみせた。しかし腰の紐《ひも》までは、ぬいてみせなかった。もちろん、それは抜けないように二重に縛ってあった。
「アン。なに
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