なかった。自分の胸の中で、鳴咽《おえつ》するその女が、ただもういじらしくて仕方がなかったし、それに、
(うむ、ひょっとすると、この女は、自分の女房《にょうぼう》であるかもしれない)
と思ったのである。
彼は、女の髪をやさしく撫《な》でてやった。
女は、また更に大きな声をあげて、彼の胸の上で泣きだした。
(……おれは、女房にめぐり合ったんだ。どうも、それに違いない。女房のやつ、おれがもう監獄から出てくるかと思って、今日もこのへんをうろうろしていたんだ。そこへ空襲警報が鳴り響き、この防空壕へとびこんだ。そして神の名を呼んでいると、その前へ、いきなりおれの顔が電灯の光の中に現れた。そこで必死になって、おれの服をもって引き下ろしたのだ。どうも、そうらしい。いや、それに違いない)
彼は、女の髪の上に、そっと唇を押しつけた。
(……おれの女房は、空襲が終ったら、おれを自分の家へ連れていってくれるだろう。そして、おれが知りたいと願っていたおれの過去について、すっかり説明をしてくれるだろう)
彼は、女の背に、手をまわした。
「おう、可愛い私の……」
彼は、その先の言葉につまった。
「私のア
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