廻れ右をしようかと思ったが、あとからまた押してくる人で、それは不可能だった。
婦人の金切声《かなきりごえ》と、子供の泣き叫ぶ声とで、壕の中は、さらに息ぐるしかった。天井は、角材を格子《こうし》に組んであったが、非常に低かった。換気《かんき》もよろしくない。監獄の防空室にくらべると、たいへん劣《おと》る。
「おい、立ち停《どま》らんで、もっと奥へはいってくれ」
「そう押しても、駄目だよ。前には、子供がいるんだ」
「おい、煙草の火を消せ。消さないと、つまみ出すぞ」
人気《にんき》は荒かった。彼は押されているうちに斜面《しゃめん》を滑《すべ》って、避難の市民の頭のうえに墜《お》ちそうになった。
すると、下から、彼の服を引張った者がある。
「おい、乱暴するな。墜ちるじゃないか」
彼は、眩《まぶ》しい電灯の下にあったので、顔をしかめて、下を見た。
「あなたァ、ここよ。早く早く」
「え」
見ると、見も知らぬ若い白人の女が、しきりに、彼の中国服の裾《すそ》を引張《ひっぱ》っているのであった。
「誰です、君は。人違《ひとちが》いでしょう」
彼は、そう叫びかえしたが、その女には、すこしも聞こ
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